ミニバイク2時間耐久参戦記

 いやーまさか勝ってしまうなんて、考えてもいなかったからおもいっきり、うれし〜とはしゃいでおります。
 まあ、コースは慣れているしライダーは平均以上のメンバーだから本決勝 (以下A決勝)に進出して入賞の予定だったのが、ちょっと予定が狂って二次決勝(以下B決勝)へ、 普通はこれの事予選落ちと言うんでしょうが、まあ、この際細かい事は許してもらうとして、1位は1位。 おもいっきり胸を張らせていただきます・・・
 ちょっと、残念だったのはバックアップの私には乗るチャンスが来なかった事。もっとも、私が乗るときはライダー 一人が潰れたときだから優勝なんて遥かかなたの事なんですがね。

 それでは、本編のはじまり始まり・・・・・・

レースの朝はやっぱりはやい の卷

 午前三時。昨日の土砂降りが嘘のように止み、空には星が輝いている。今日はよい天気だ。 今日のレースも天気のようになれば良いが・・・と思いながら、家を出てガレージへと向かう。
 ガレージにはメンバーがすでに集合していた。皆、眠い、眠いを連発しながら、出発の準備をしていた。
 ゲートオープンは6時である。ガレージからサーキットまでは30分もあれば十分の距離だ。出発の準備は5時半には 完了。ここで油を売っていても仕方がないから、こんな早くから来るヤツはイネーよといいながら、 サーキットへと向かった。
 サーキットに着くと、ありゃ、もう沢山の人間が来ている。話を聞くと昨日の夜から泊まりだそうだ。うーん、 気合いが入っているなぁ。それに比べたらうちらは、気の抜けたコーラの様な状態だ。 まあ、気合いはレースまで取っておくに限ると自分達を慰めた。
 パドックは昨夜の雨でたんぼの様な状態である。コースの方は完全なウエット、もっともレースまでには乾くだろう。
各チームとも、バイクをトランポより降ろして整備を開始している。そこへいくと我がチーム、メインテナンスフリーを 目標にしているので何もやる事がない (本当は昨日みんなやったのさ)タバコを吸いながらボーとして 受付開始を待っていた。
 今回のレースはSP12(NSR50とかYZR50の改造車)とSP50(TZR50とかNS50Fなどの改造車) の混走である。うちのチームのNSR50は仙台の6時間耐久仕様なのでいわゆるMP12の範囲でしか 改造を施していない。したがって、少々不利なのだが(マフラーなどがノーマルのためパワーがSP仕様に比べると 出ていない)今回のレースの目的は、夏のレースに出場できなかったライダーにレースを体験させて レース慣れさせるのが本来の目的である。
別に、優勝を狙いにきたわけではない。まあ、上位三分の1に食い込めれば上出来だ。
 さて、受付を済まし、バイクを車検場へと運ぶ。パドックが泥沼と化しているのでタイヤが泥だらけとなってしまう。 レースが始まったときタイヤに付いた泥でスリップしないか心配になる。実は今回のレースのレギュレーションが 良く判らなかったので何もしていない。当然のごとく違反箇所が見つかり、条件付きの車検合格となってしまった。 まあ、やる事が出来たので暇が潰せるとばかりに改造に取り掛かる。(ゼッケンベースの色を黒にするとか、 シートとフレームを紐で結ぶとか、ちょっとした仕事ばかりだった)

 さて、ちょっとした準備やライダーズミーティングも終わり練習走行である。路面は相変わらずウエットの状態。 30分の練習走行でどれだけ乾くかで、予選の条件が変わる。我がチームはゼッケン11なので、 練習走行で路面が完全に乾いてくれないと予選では思いきり不利な目にあってしまう。 太陽よ出てくれ、みんな気合いを入れて走ってくれぇ〜と祈ったが、路面は半乾きにしかならなかった。
 予選の開始である。予選はゼッケン順に5台ずつ5周走り、その時の最速ラップタイムで決まる。 練習走行の時とは違い、どのライダーも目が三角になっている。しかし、予選3組目の時点では、 まだ完全なドライとはならなかった。
 ゼッケン順にスタートする。したがって、11番は一番前だ。まだ、乾ききっていないコースでいまいちスピードが 乗らない。しかもうちのライダーが予選なのにブロックラインで走行するものだから、みんなタイムが上がらない。 結局頭を使って、わざとスピードを落としてクリアラップを作ったライダー以外はまとめて予選落ちとなってしまった。
 予選が進むにつれ、コースも乾き最後の7組目のころには完全なドライ。当然タイムも縮み、 ぎりぎり予選通過かどうかというレベルまで我がチームは後退。あとは祈るのみである。 (まさか、これが好結果を生むとはこのときは考えてもいなかった)
 結果発表、予選24位。あちゃ〜予選落ちである。A決勝進出の夢は無惨に砕け散った。 (賞金が出るのは当然A決勝の三位までである)予選21位以下13台によるB決勝へと駒を進める事となってしまった。
 こうなると、B決勝3位までに入って賞品を貰っていくしかない。ライダーはB決勝なら勝ちにいくと豪語していた。 まあ、当然でしょう。その位の気持ちがなけりゃ、レースなんかやらないわな・・・

トップはトップ 勝ちは勝ち の卷

 B決勝スタート。中井のコースは少し狭いので、バイクのレースには珍しく、ローリングスタートである。 B決勝進出組はちょっと腕の差大きいので、上手くまとまらなかったが何とかスタートを切る。 二時間、約280周のレーススタートである。
 ドライの状態なら、今回ライダーとなった二人はクリアラップなら25秒台で周回できる。スタートから20分後には トップへとおどりでた。あとはそのまま、チェッカーをうけたと書いたらここまで読んでくれた人にあんまりなので ちょっとエピソードを・・・


 なんたって、ミニバイクのコースは狭いし短い。A決勝に残ってもおかしくない数チームと、 参加する事に意義があるチームでは周回のタイム差がありすぎる。レース開始後、5分と経たないうちに 周回遅れが出始める。こうなるともう何がなんだか判らなくなってくる。判るのはスタート時に前にいた3台を 抜いたか抜かないかのみである。当然のごとく、各チームとも作戦を立てている。いつライダーが変わるのか、 第1ライダー(普通は第2ライダーよりはやい奴)と第二、第三ライダーとの走行時間の配分等々。 スプリントレースではないのでいろいろな駆け引きが存在する。それが、勝負を決する事も多いのだ。
 結構の数のチームが約20分でライダー交替を開始した。当然スタートは第1ライダーやっている所が多く、 ライダーが変わると一気に順位が落ちてくる。そこで、走行時間配分を第1ライダーが多く走るようにして、 勝負を賭けるのだが、うちのチームのライダーは第1も第2もほとんど同じタイムで走るから、 ライダーが変わった時点ですべてのチームは二度とゼッケン11に追いつく事は出来なかった。
 ライダー一人で走るのなら、基本的に予選上位の奴を抜く事は出来ない。しかし二人以上の総合力となると、 話は変わってくる。
 自分のチームのタイムを計るのに精一杯で、勝負の相手のチームの状況を把握するなんてことは アマチュアにはなかなか出来ないもんです。
 しかし、中には例外もいる。ゼッケン12がそうだ。このチーム実は知り合いで、主力ライダーはうちのチームの本当 のエースライダーとための実力の持ち主である。(今回の我がチームのライダーは実は2番手と3番手なのです。 ちなみに私は4番手。メンバーが増えるたびに順位が下がる かなしぃ〜 だからいつも 監督なのさ
 本当は楽勝でA決勝進出なのだが予選の時うちのチームが邪魔してタイムが出なかったのだ。
 当然、一人で走られたら、まったく歯が立たないのだが、残念ながら第2ライダーが遅かった。 そのことに気がついてあわてて、時間配分を変更。一人で1時間40分を走る事にしたのだが、時すでに遅し、 たった20分の間に稼いだタイム差を最後まで、無事守りとうした。(でも、あと10分レースが長けりゃヤバかった)
 レース30分経過の時点で、同一周回に1台いるだけのトップ。あとは、独走体勢で首位を守りとうした。
 こうなると相手は12番だけである。ときどき、12番とのラップ差をライダーにサインボードで教えるだけで、 事が足りる。ライダーの方もペースを少し落として安全走行に切り替えている。 残り30分の時点で7ラップ差、計算上はもう絶対安全圏である。
 こうなると心配はマシントラブルのみである。まさかの、トラブルや、あと5分の高吉状態になるのが もっとも懸念される。ここまできたら、初優勝は手に入れたい・・・・
 だが、チーム員の心配をよそに、2時間後ゼッケン11はチェッカーフラッグをうけ、 ライダーはガッツポーズでコントロールラインを無事通過した。


 2時間00分18秒 周回数268周

 「は〜い、おつかれさん」
 「やったね!!B決勝でも、トップはトップ。優勝は優勝」
 「ばんざ〜い」
 「いや〜、ピットクルーの方が緊張するねぇ。俺も走れば よかった・・・」
 「わざと予選で手を抜いたと抗議がでるんじゃないの?」

 今年最後のレースで、まさかの一位を手に入れた我がチームは、みんながみんな最高の笑顔で健闘を讃えあった。
 「さあ、来年もがんばるぞ〜!!」

 「お〜 」

お わ り

エピローグ

 ついでに書きますと、A決勝ではさすがに、気合いの入ったレースが展開され、 優勝は290周を越える周回数を記録。
 世の中上には上がいるものだと痛感した次第であります。周回数だけで判断すると、268周はA決勝の8位に 相当するのですが、勝負は時の運。A決勝に進出していたら、こんなに走れなかったかも知れません。

 予選の不利がもたらした一位でしたが、多分これが、うちのチームにとって最初で最後の優勝でしょう。

 ちなみに、このレースに出場しなかったエースライダーはレースに出なかったのを後悔したのか、 レース後のフリー走行で24秒台を連発。完全に切れていました。私は3カ月ぶりの走行で (言い訳モード)26秒8が最高でありました。(ベストラップは25秒台だい)



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